友人の訃報に父は肩を落とした
同じ会社に勤めていた同年代の人と、月に一度集まってランチを食べるOB会は、父の老後の楽しみだった。たぶん父が70歳くらいの頃に始まったのだが、同年代の人は80歳を過ぎて病気になったり、地下鉄の上り下りが困難になったりして、参加者が少なくなってしまった。
父が90歳になった時には同期の人は誰もいなくなり、後輩が参加してくれてどうにかOB会が続けられていた。後輩だからみんなが父のことを立ててくれる。娘の私としてもありがたく感じている。
認知症になってからは、私が車で送り迎えをしてOB会をする店に連れて行っていた。父には秘密で後輩の方に電話して、食事中の父の様子を聞いたこともある。
その中の1人に、足が悪くなってOB会には参加できなくなったが、父にまめに電話をくれていた5歳年下の後輩、Aさんがいる。私の携帯電話にもその人の電話番号を登録してあった。
父の居室でおしゃべりをしている時に、私の携帯電話が鳴った。Aさんの名前が表示されている。私はよそ行きの声で電話に出た。
「こんにちは、森久美子です」
聞こえてきたのは父の後輩ではなく、私と同じ年頃と思われる女性の声だった。
「久美子さんのお名前が父の携帯に入っていたので、ご報告しようと思ってお電話しました……」
私は心臓が脈打つのを感じたが、次の言葉を待った。
「昨日、父が亡くなりました。父は久美子さんのお父様のことを慕っていたので、連絡したほうがいいと思って……」
あまりに突然のことで、私はお悔やみの言葉と、いつも父の話し相手になってくれていたことへの感謝を申し上げるだけで精一杯だった。隣にいる父は、イライラした様子で私に聞く。
「誰から電話だ?」
相手に少し待っていただき、父にAさんが亡くなったことを伝えた。
「俺に代わってくれ」
私の電話を受け取った父は、お嬢さんに向かって言った。
「いつもお父さんと電話するのが楽しみでした。温厚ないい人でした……私も歳なのでお葬式には行けませんが、ご冥福をお祈りします」
そこまで言うと父は私に電話を返して、しばらく目頭を押さえていた。私は電話を切って、父に声をかけた。
「寂しいね」
するとベッドの近くに置いてある、現役時代の会社で発行された名簿付き写真集を手に取り、亡くなった方の顔写真を指差した。数分思い出を語った父は、私に言った。
「テレビの前に置いてある赤いペンを取ってくれ」
父は写真集の名簿に、誰かが亡くなる度に赤いペンで小さな×をつけるから、名簿は×だらけだ。
泣きながら新たな×を書き込む父を、私はただ茫然と見ていた。
(つづく)
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95歳・男やもめの頑固な父を67歳の一人娘が介護する――
笑えて泣けて、ちょっと切ない…
肩の力が抜ける、失敗だらけだけれど温かい、父と娘の老々介護の話
もしや認知症? プライドが高い父
とうとう父は事故を起こした
父、熱中症で動けなくなる
恐れていた郵便
親たちを介護し、49歳で母は逝った
歩ける父は入院を拒否された
老いは必ずやってくる。
親への失望、ジレンマ、迷い、自責の念――
選択の連続、終わりもわからず、つらく切ない日々でも、日常の小さな喜びを繋ぎ合わせて悔いのないゴールを迎えるための処方箋






