空とおじいさんのイメージ
イメージ(写真提供:Photo AC)
高齢者が高齢者の親を介護する、いわゆる「老老介護」が今後ますます増えていくことが予想されます。子育てと違い、いつ終わるかわからず、看る側の気力・体力も衰えていくなかでの介護は、共倒れの可能性も。自らも前期高齢者である作家・森久美子さんが、現在直面している、95歳の父親の変化と介護の戸惑いについて、赤裸々につづるエッセイです。

前回〈95歳認知症の父が、老人ホームで元気を取り戻した。入れ歯の洗浄を繰り返し注意すると、まさかの一言が…〉はこちら

老人ホームの生活の安心感

2023年10月中旬に老人ホームに入居した父は、日を追うごとに穏やかな顔になってきた。介護士の目が行き届き、見守られていることで安心して過ごせているようだ。

居宅サービスには、夜間の定期巡回が含まれていて、0時、3時、6時に変化がないかを確認してくれることになっている。

入居後半月ほどは巡回で目が覚めることがあったらしい。私にちょっと愚痴ったことがある。

「俺は元気だから、見に来なくても大丈夫なのに、心配なのかな?」

私にとっては、その見守りはありがたいので、父に理解してもらいたい。

「パパが健康なのは、ホームの人たちもわかっているよ。目が覚めるのは嫌だよね。でもね、例えばトイレに行く時に転んでケガをしたら、ナースコールを押せなくて発見されないかもしれないでしょ。床から立ち上がれないまま朝になったらどうする?」

父はホームに入ってから、頭の回転がよくなっていて、即答してくれた。

「それは困るな」

「そうだよね。そのうち慣れて、巡回が来ても熟睡できるようになるんじゃないかな」

私がそう励ますと、父らしい返事が返ってきた。

「あぁ、俺は適応能力が高い。そのうち慣れると思う」

健康自慢も、適応能力に対する自負があることも、以前の私なら父の長所だと受け止められなかった。40代で亡くなった私の母や弟は長生きできなかったし、世の中には病気で苦しんでいる人も大勢いるのに、健康を自慢するのは鼻持ちならない気がしていた。今思うと「パパは偉い!」と言ってあげても良かったと少し後悔している。

父は宣言通り、あっという間に夜中の巡回に慣れて、朝まで熟睡できるようになったようだ。いつもの差し入れのコーヒーを持って私がホームに行くと、父は私に言った。

「最近朝までぐっすり眠れるようになった。俺はトイレが遠くて、途中で起きないから続けて眠れるんだ」

うーん。単に膀胱の容量が大きいだけのような気がするけれど、さりげなくそれを自慢するのは罪のない話だ。「それはいいね!」と私が答えると、父は満足げにうなずいた。