イメージ(写真提供:Photo AC)
高齢者が高齢者の親を介護する、いわゆる「老老介護」が今後ますます増えていくことが予想されます。子育てと違い、いつ終わるかわからず、看る側の気力・体力も衰えていくなかでの介護は、共倒れの可能性も。自らも前期高齢者である作家・森久美子さんが、現在直面している、95歳の父親の変化と介護の戸惑いについて、赤裸々につづるエッセイです。

前回〈父と娘の老々介護。95歳、認知症の父が病院を退院し、家に戻らず老人ホームに入る覚悟を決めた。引っ越しの手伝いに、息子が来てくれた〉はこちら

老人ホーム入居で、元気を取り戻した父

老人ホームに入居してから、父は日に日に元気になってきた。ホームの中が広いので、食堂に行ったり敷地内のデイサービスに通ったりするのが、知らず知らずのうちに足腰のリハビリになっているようだ。

家にいた時の父の生活を振り返ってみると、寝室からトイレや居間に移動するだけだから、歩数はすごく少なかった。90歳過ぎまでスポーツクラブで軽い筋トレをしていた父だったが、車を運転しなくなってから生活が変わってしまった。

ほとんどの時間をベッドの中でテレビを見て過ごすようになり、足が少しずつ細くなっていった。足の爪を切ってあげる度にそれを目の当たりにし、切なくなったものだ。

体と脳は連動しているのだろう。同じことを何回も言うことはよくあるが、最近の私との言葉のやりとりは、認知症と診断される前よりしっかりしているように感じる。入った老人ホームとの相性が良かったのかもしれない。

ホーム入居後2週間経った頃、昔勤めていた会社の後輩から、ランチのお誘いの電話があった。ちょうどその電話がきた時、私は父の居室にいて父が返事をしているのを聞いた。

「あぁ、お久しぶり。はい、行きますよ。体調? すこぶる健康です」

父がしたいことはできるだけ叶えてあげたいと思っている私は、父に提案した。

「私はその日、お昼まで空いているよ。迎えに来てお店まで乗せて行けるけど、午後は仕事があるから、タクシーで帰ってきてね」

「あぁ、そうしてくれると助かる。帰りは大丈夫だ」

以前から私とも連絡を取ってくれているランチ会のメンバーの一人に、父に内緒で電話でお願いをした。

「帰りは、タクシーに乗るのを見届けていただけますか? 父の財布と携帯にはホームの住所が書いた紙が入っていますので、どうぞよろしくお願いします」

ランチの当日迎えに行くと、父は心底うれしそうな顔をして言った。
「元気だった頃は、月に一度のOBのランチ会が楽しみだった。また行けるようになって良かった」

「うん、私もうれしいよ。ゆっくりおしゃべりしてきてね」