イメージ(写真提供:Photo AC)
高齢者が高齢者の親を介護する、いわゆる「老老介護」が今後ますます増えていくことが予想されます。子育てと違い、いつ終わるかわからず、看る側の気力・体力も衰えていくなかでの介護は、共倒れの可能性も。自らも前期高齢者である作家・森久美子さんが、現在直面している、95歳の父親の変化と介護の戸惑いについて、赤裸々につづるエッセイです。

前回〈95歳、認知症の父が退院間近。入居予定の老人ホーム見学の日、あきらかに父は緊張していた〉はこちら

老人ホーム入居の準備は忙しい

父が老人ホームを見学して心を決めてくれたので、入居日を2週間後に予定して準備することにした。その間に私は4日間出張等があり、引っ越しに関して父と話し合う時間が思うように取れないで焦っていた。

例えばホーム入居に必要な各証明書を取るとか、前家賃を入金するとかに時間を取られ、引っ越しまでにホーム既定の日用品を買い揃えに行く暇がない。

見かねた私の友人が買い物に同行してくれて、テキパキとカーテンや新しい寝具などを選び、どうにか予定の日に引っ越せる目途が立った。

父が入居する老人ホームの所在地は私の居住区と同じだが、父の住んでいた家とは別の区だ。介護保険や健康保険等の区役所関係の手続きを簡単にするために、父の同意のもとで私と同住所で別世帯として転居届を提出した。

ホームに住所を移してしまうと、必要な書類を父が開封してどこに置いたかわからなくなる可能性がある。それを回避するためには、私と同住所にした方が良いと介護経験者の友人が助言してくれたのが役に立った。

父に事後報告すると、快く返事をしてくれた。

「おまえが一番やりやすい方法にしなさい。仕事もあるんだから無理するな」

80代後半の頃のしっかりした父に戻ったと錯覚するほど、思いやりがある。

入院している病院に行き、家から老人ホームに持って行きたいものを私が聞き取ろうとすると、すでに父は自分で考えたリストをメモしてあった。

「テレビとテレビの台もいるな。パソコンとパソコンの椅子。昔、英國屋で仕立てたブルーのスーツ、あれが好きなんだ。現役の時に着ていたスーツを着られるのは、たいしたものだろう? 定年退職してから35年も体形が変わっていない証拠だからな」

自分自慢が始まったのは、父が元気になった証拠に違いない。