父は孫の運転する車に乗ってご機嫌だった

2023年10月中旬、退院する父を病院に迎えに行くと、父はゆっくりとした足取りで病棟のエレベーターから降りてきた。ハンチングを取って看護師さんや病院のスタッフに一礼し、「お世話になりました」と挨拶をしている。

認知症をチェックする方法の「長谷川式認知症スケール」は、記憶力の評価に重点が置かれた検査で、20点以下は認知症の可能性が高いとされる。退院時に医師から渡された所見には、30点満点の24点と記載されていて、私は奇跡が起きたように思えた。

『オーマイ・ダッド! 父がだんだん壊れていく』とエッセイのタイトルをつけたのは間違いだったのだろうか。最近は、「父はだんだん良い人になっていく」になっている。

病院から老人ホームまでの運転は私の息子がした。助手席に座った父は上機嫌で言う。

「おまえは運転がうまいな」

後部座席に座っている私は、父が暗に私の運転を下手だと言っているのがわかり気分が悪い。おまけに、父に便乗するように息子が言う。

「おじいちゃん、俺はね、母さんもそろそろ運転をやめたほうがいいと思っているんだ」

しかし、さすがに父はそれには同意しなかった。

「俺は、93歳まで運転していた。母さんはまだやめなくてもいいんじゃないか?」

息子は引き下がらない。

「いや、おじいちゃんと母さんは違う。母さんの方がずっと運転が下手だから、そろそろだな」

私は堪えきれずに口を挟んだ。

「おじいちゃんのホームに行くために、私はまだ運転はやめません!」

なぜか父は笑いながら私の息子に言った。

「俺が死んだら、母さんは運転やめるんだと。俺は95歳だ。そんなに長くないから、それまで待ってやれ」

プチバトルをしている間に、車は老人ホームに到着した。

父のお気に入り、老人ホームの広くて長い廊下(撮影◎筆者)