父が一人で買い物をする自由を奪いたくない
父がすぐに横になれるように、寝具は前日セットしておいたが、家具類はこれから息子が運ぶことになっている。父は新しくて広い部屋がうれしいらしく、自慢げに息子に聞いた。
「おまえの部屋より広いだろう?」
「東京のほうじゃ、高級分譲型の高齢者施設しか、こんなに広い部屋はないだろうね。おじいちゃん、良い老人ホームが見つかって良かったね」
父は満足げにうなずくと、息子に言った。
「引っ越しのお礼に、焼き肉をご馳走するから行こう」
昼食を終えると息子は父と私をホームに送り、引っ越し荷物を取りに向かった。
ホームのロビーで父の担当者から呼び止められて、「ご入居者様の外出に関して」という書類を渡され、居室に入り父に書類を読み上げた。父の意思を聞いて、私が書類にサインをする必要がある。
ホームから100メートル程のところに、小さなスーパーがある。父が自力で歩ける間は、たまに一人で買い物する自由があってもいいのではないかと思っていた私は父に聞いた。
「近くのスーパー、歩道をまっすぐ西に歩くだけで行けるので、そこまでは一人で外出していいことにしたいのだけれど、パパはどう思う?」
「あぁ、たまにはお菓子を買いに行きたいな。時々アンパンが食べたくなる」
「じゃあ、あのスーパー限定で外出OKの書類を出しておくね」
2日がかりで息子が引っ越しの荷物をすべて運び、Wi-Fiのセッティングも無事に完了し、パソコンも使えるようになった。小型の冷蔵庫は新しく買い、部屋が父の居室らしいレイアウトになったのを見届けて、息子は関東に帰って行った。