歌舞伎で得たものが生きた
<歌舞伎俳優の家には代々大切にしているお芝居がある。片岡家・松嶋屋は、悲運の天神様、菅原道真をめぐる人間模様を描いた演目『菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)』。中心人物は菅丞相(かんしょうじょう/道真がモデル)。千之助さんは、20年2月歌舞伎座で、菅丞相(仁左衛門さん)が流罪に問われる悲運の契機となる養女・苅屋姫(かりやひめ)を演じた。『光る君へ』『菅原伝授手習鑑』、平安時代の同じような時期の話である>
敦康親王を演じていて、刈谷姫をやった時を思い出しました。平安時代、おーおーという感覚が湧きました。聞きなれている言葉などもありましたし……。あの時代の匂いや雰囲気、心持ちというものは、歌舞伎で得たものが生きました。僕は、彰子の部屋のセットに入ると落ち着くのです。ここで昼寝したいなとか。実際、彰子が小さい時の敦康親王を思い出し「ここでお昼寝しておりましたのに」と語るシーンがあるのですが、「本当にいい気持ちだったろうな」と分かります。
<千之助さんはもちろん、第1回から『光る君へ』を見ている。一視聴者として好きなキャラクターは誰ですか?>
むずかしいですね。最初からでいうと、ききょう/清少納言(せいしょうなごん)のファーストサマーウイカさんでしょうか。僕が言うのは僭越ですが、いい意味で強烈な印象を持たせられました。作品にかけがえのないキャラクターです。ききょうは、敦康親王の実母、定子に仕えていました。だから、「まだあきらめちゃけません、東宮になれないことを」と彼に言う場面は、「すごいな。貪欲だな」と心に残っています。
演技でいうと、役柄の影響もありますが道長の妻源倫子(ともこ)の黒木華さん。僕の役からすると義理のおばあさんに当たるような存在。この作品でご一緒させていただく前から存じ上げていましたが、今回リハーサルや本番での演技を見ていると、あの目の利かせ方で、狭い社会の宮廷で生き抜くためきりきりしている様子がひしと伝わってきます。
そのようなところを含め、『光る君へ』では、宮中や政の世界での女性の強さや怖さを特に感じます。芯の強い女性たち、そしてはかなくも死んでいく男たち……。
大河ドラマでは珍しいのかもしれませんが、『光る君へ』は戦争や合戦だったり、首をはねたりがないので、見る側は気持ちが入りやすいのではないでしょうか。時代は違いますが、今の社会とリンクして共感するところがあると思います。