緩やかに老眼が始まったのか、夕方になると目の焦点が合わなくなる。パソコンの画面が見づらくて仕方がない。しかし、心の視界はすっきりと広がっている。なんと爽やかな空気。私は自他ともに認めるオバさんになった。

偽の自称から始まり、時に他者からからかいの言葉として投げつけられ、同世代の宗派分裂を経て、私はようやくオバさんという言葉を自分のものにできた気がする。誰のためでもない、私の私による私のためのオバさん宣言だ。

真のオバさんには「私、オバさんだから」というオールエリアパスが発行される。この呪文を唱えれば、相手はたいてい「ならば仕方がない」と引き下がる。今までは偽オバさんだったから、世間がそれを許さなかった。

顔の見えない世間なんてものはヘラヘラと笑っていなしていればいいのだけれど、そういうときにもこの呪文は功を奏す。「もうオバさんなんで」とか「オバさんだからこそよ」とか言っていればいいのだ。そこに意味なんてなくていい。

知ったかぶりもしなくてよい。だって、オバさんだもの。知らなくて当然でしょう? 首からオールエリアパスをぶら下げ、世間のオバさんイメージを逆手にとって、じゃんじゃんいろんなことをしてみようと思う。

世間が、「オバさんだからなぁ」と高を括っているうちが花だ。こちらの真意には、絶対に気付かれてはならない。

あー早く呪文を唱えたい。私は魔法使いになったのだ。


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