三日夜の餅

源氏は惟光(これみつ)を呼んで、三日夜(みかよ)の餅の準備をさせます。結婚三日目の夜に、新婚の夫婦がお餅をともに食べる習慣があり、これを三日夜の餅といいました。本来は、同じものを食べることによって、家と家とが結びつき、同族となる公的な儀式です。

惟光は源氏の乳母子(めのとご)です。当時は高貴な貴族は、乳母(めのと)によって育てられました。

(写真提供:Photo AC)

乳母子は、その乳母の子であり、主君が乳児のときからともに育った乳兄弟です。

惟光は三日夜の餅を、紫の上の乳母の娘を呼んで渡します。弁という、紫の上の乳母子です。

惟光は「これは祝いのお品です。おろそかに扱ってはいけませんよ――あだに、なさるな」と言葉をそえます。

それを聞いた弁の応えが「あだなることは、まだ習わぬものを――浮気なんてことは、まだ知りませんのに」でした。

「あだ」は、いい加減、軽率という意味と、男女の間の移り気という二つの意味があります。