なるべく接触を避けていても、彼女は私がひとりの時を狙って「1000円貸して」と頼んでくる。もちろん渋ったのだが、あまりにしつこく言うものだから私も根負けして貸してしまった。ところが30分経ち、昼休みが終了してもAさんは返しに来ない。

同僚に事情を話すと、「彼女のことだから、借りてないわ、ととぼけるかもしれないわよ。返してもらいに行ったほうがいい」と背中を押され、すぐ彼女の席へ。Aさんは電話中だったので、私はそばで立って待っていた。電話が済むと、Aさんは私の顔をチラッと見て、「何の用?」と平然と言い放ったのだ。

私が「午前中にお貸ししたお金を返してもらいにきました」と言ったとたん、「私借りたかしら? そういえば100円だったわね」と、言うではないか! 人をばかにしているのかと腹が立ち、「100円でなく1000円でしょう。ちょっと前のことも忘れるようでは、あなたも終わりですね」と言い放つと、すごい形相でにらまれた。

ただ周囲の社員さんの視線を感じたのか、不機嫌な顔でお金を出し、「ありがとう」の一言もなく席を立った。

こんな貸し借りのバトルは3~4年ほど続いたが、ゴマすり課長から本社生え抜きの課長に代わると、Aさんはあっさり左遷された。悪評が広まり、周囲の視線に耐えかねたのか定年前に退職した。たった数百円でも、その積み重ねで失った信頼は、お金には換算できないほど大きいものだったのだろう。

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