初めての紙パンツ
病院には発熱していると事前に連絡してあったので、看護師さんが感染症から身を守るガードを付けた姿で、駐車場に迎えに来てくれた。病院の車椅子に乗せられた父は、まっすぐに発熱外来の待合室に入ることになった。
私も体温を測定し、平熱を確認後に父の受付をしてもらった。私は待合室の椅子に座り、父がトイレに行く間もなく別室に連れて行かれた様子を見て、一抹の不安がよぎった。
父は昔からトイレに行く回数が少ない。持って生まれた膀胱の容量が大きいのだと思うが、なぜか父はそれを良いことだと思っている。たぶん看護師さんに聞かれても自慢げに言うだろう。
「私はあまりトイレに行かないんです」
ところが、コロナのPCR検査の判定を待つ間、父は車椅子の上で失禁してしまったと看護師さんから報告された。発熱による脱水状態を避けるため、老人ホームでいつも以上に水分補給をさせてもらっていたから、おしっこが溜まっているのに自覚がなかったようだ。
「ズボンが濡れていますけど、お父さんの着替えは持ってきていますか?」
看護師さんに予期せぬ質問をされて、私は自分の準備不足が恥ずかしくなった。
「すみません。想定外のことで、着替えの用意はありません」
父を待たせておいてホームから着替えを持ってくるか、濡れたズボンのまま帰るかのどちらかを選ばなければならない。父の考えを聞いて決めようと思った。
「パパ、待っている間におしっこをしてしまって、ズボンが濡れているよね。私が着替えを持ってくるまでここで休ませてもらう?」
怪訝な顔で私を見ると、父はズボンに手を当てて言った。
「漏らした覚えはない。このまま帰る」
看護師さんはこのようなケースに慣れているのだろう。父の意思を尊重して話してくれた。
「トランクスは脱いで紙パンツを履いたから、もしおしっこが出ても大丈夫ですからね。車の座席が濡れないように、吸水シートを敷いてあげますから、このまま帰りましょうね」
私の車には、災害で避難した時に使用する目的で防災グッズとバスタオルが積んである。父の腰にバスタオルを巻き、いただいた給水シートを敷き、看護師さんの力を借りて助手席に座らせ、車を発進させる前にホームに電話した。
「コロナが陽性でしたが、肺炎にはなっていないませんでした。薬をもらったので今から帰ります」
ホームではコロナに罹患すると、5日間家族の面会は禁止になっている。私はロビーで父と別れ、ケアマネージャーと今後のことを話し合った。
熱が下がりふらつきが収まるまでは、居室の中でもなるべく歩かないでほしいので紙パンツを履いてもらいたい、というのがホームの意向だ。
紙パンツはホームで用意してもらえることになったが、肝心の父が抵抗しないでそれを履いてくれるかどうかが心配だった。
(つづく)
【漫画版オーマイ・ダッド!父がだんだん壊れていく】第一話はこちら