二週間前に、ニコが動かなくなった。全身がぐったりして、抱いてものけぞって、昏睡状態に陥っているようだった。あたしはその二日後に東京行きで、キャンセルできない仕事があった。で、あたしは行くのだ。今までもそうしてきた。父やら子どもやら、いろんなものを置いて出かけていった。その時も、いつものように愛犬教室の先生に預けて出かけるつもりだった。
「万が一のことがあったら、伊藤さんのお帰りを待たずに火葬にしてお骨でお返しするのでいいですね」と先生が言った。「はい、そうしてください」とあたしは答えた。
ところが出かける前日、ニコはまた復活した。ぐったりしなくなり、のけぞらなくなり、頭を持ちあげた。下に降ろしてみたら、たちまち腰から崩れてしまったが、支えてやったら、おしっこが出た。うんちも出た。水も飲めた。食べることもできた。表情にも生気が出てきて、もう少し生きるんだなと思えた。あたしが東京から飛んで帰ってきたときにはちゃんと生きていた。
今は明け方に起こすこともなくなり、夜も昼もぶっ通しで、おしっこにも起きずにひたすら眠る。膀胱が急に大きくなったようだ。いや膀胱が大きくなったんじゃなく、おしっこの出が悪くなっただけかもしれない。
老犬用のグルメ食は食べなくなった。ささみなら食べる。食べさせすぎると吐いて消耗し、脱水症状になって、老いの段々をころがり落ちる。それで慎重に少しずつやるから、ニコはどんどんやせていく。
ニコはどんどん軽くなり、今はもしかしたらエリックと同じくらい軽いかもしれない。エリックと違うのは、抱いたとき、全身の骨がゴツゴツとせり出してきたなと感じられるところだった。この感じに似たものを見たことがある。造りかけの船、帆船、橋げた、散らばったマッチ棒、食い尽くしたイワシの塩焼き。─犬というよりそんなようなものにニコが変化していってるのだった。