中の臓器はまだ動いている。息もする。排泄もする。腎臓も膀胱も大小の腸も動いている。食べるときに嚙む歯も、飲みくだす顎も食道も動いている。でも、なにか臭い。生臭いとしかいえない、今まで嗅いだことのない臭みがニコから漂う。
父の世話になったヘルパーさんに、人の死ぬときの予兆ってありますかと聞いたことがある。そしたら「少し前から独特なニオイがするんですよ」と言った。この臭みがそのニオイなんだろうか。ただの口臭でも体臭でもない、不思議なニオイだ。
ニコが死んだら、人が「ニコちゃん亡くなったんですね」と言うだろう。亡くなるという言葉に違和感があるのだ。あたしの子どもの頃は「亡くなる」は尊敬語だったと思う。そう教わったような気がする。言葉は変化して、今はそれを身内や犬や猫に使っても、身内の犬や猫に使っても、平気らしい。「ニコちゃん亡くなったんですね」と言われたら、あたしはなんて答えるだろう。「ええ、死にました」と頑固に言い直すんだろうか。
『対談集 ららら星のかなた』(著:谷川 俊太郎、 伊藤 比呂美)
「聞きたかったこと すべて聞いて
耳をすませ 目をみはりました」
ひとりで暮らす日々のなかで見つけた、食の楽しみやからだの大切さ。
家族や友人、親しかった人々について思うこと。
詩とことばと音楽の深いつながりとは。
歳をとることの一側面として、子どもに返ること。
ゆっくりと進化する“老い”と“死”についての思い。