(画=一ノ関圭)
詩人の伊藤比呂美さんによる『婦人公論』の連載「猫婆犬婆(ねこばばあ いぬばばあ)」。伊藤さんが熊本で犬3匹(クレイマー、チトー、ニコ)、猫2匹(メイ、テイラー)と暮らす日常を綴ります。今回は「終わらない仕事」。めったに東京にも行かなくなり、熊本で悠々自適な生活を送るはずが――(画=一ノ関圭)

こないだ熊本空港のANAの受付カウンターで、顔見知りの職員から、この頃あまり東京に行かれないんですかと言われた。

あたしは今年からマイレージのゴールドメンバーじゃない。だから荷物につけるタグもプレミアムじゃない。飛行機に乗りすぎて、日本に帰る前はユナイテッド航空のゴールドだったし、帰ってきてからはANA(ユナイテッドと同じグループ)のゴールドだった。「仕事を退職したので行かなくてよくなったんですよ」と答えたけど、「たいしょく」と言ったとたんに、あたしの耳元を、ひううと風が吹きぬけた気がした。

退職。周囲の誰彼が退職したというのを聞くにつけ、あっしには関わりのないことでござんすと考えていた。だってフリーランスの詩人なのだ。基本的にはいつまででもできる。しかし早稲田で教員を三年間やった。その結果として、三年契約が終わった。というより、年も年なので、定年退職した気分なんである。

そのとき世界はコロナの真っ最中で、最後の授業もZoomだった。終わったときもハグするとか花をもらうとかそんなことは一切なくて、「じゃあね」とZoomを切ったら、それでおしまい。コレモアタシノ人生ダ。――なんとなくカタカナで書きたくなりました。

今はめったに東京にも行かなくなり、熊本で、自暴自棄の、おっと間違えた、悠々自適の生活を送っているとも言えるのだが。