詩人の仕事は続くから、今も、朝起きたら仕事を始め、夜寝るまで仕事をする。それが基本の生活だ。考えてみれば、子育て中も、カリフォルニアでもそうだったし、早稲田を退職したって、何も変わらない。

それなのに、なんだか違うのである。

今は東京に行かなくていい。家族の世話や家事だって、犬猫にゴハンやってトイレを片づけ、犬猫の毛を掃除機で吸ったら、あとは一日二回クレイマーの散歩をするだけ。

仕事する時間なら、無尽にあるはずなのに、仕事がなかなか終わらない。こりゃなんとしたことか。

以前はもっとちゃっちゃと終わらせていたような気がする。それなのに今はほぼ毎日、仕事が終わらないまま夜が更ける。丑三つ時である。三時もすぎる。しかたがない、また明日やろうとベッドに入る。そして寝る。罪悪感がないのである。

朝はあたしが起きるまで、犬猫どもはくんともすんとも言わない。三匹はあたしのベッド、ニコが枕元、テイラーが脇、チトーが足元にいて、クレイマーは手を伸ばせばさわれる床の上にいる。メイは家の中のどこかにいる。毎日、この配置である。

老犬ニコ(もうすぐ十九歳)は枕元で、あたしにぴったりくっついてよく寝ている。寝てるんじゃなくて死んでるのかと心配になり(父や夫が老い果てたとき、ときどき心配になっていたことだ)、そっとなでてみると、びくりとする。起きなくてもいい、生きてろ、生きてろと思う。

起きなくてもいい。これがあたしの日々のリアルなんである。