2.毎日、医院に行こうとする
私は思いついた。母は自宅近くの松野(仮名)医院の松野院長を信頼していた。
母は60代の時に、難病の父を自宅で介護していて、松野院長が往診に来て、母の体調にも気を配ってくれていた。介護を続ける母にとって、松野院長は強い味方だった。その後、父は松野院長の手を離れ、難病専門の病院に入院した。
2年後、私は父が亡くなったことを松野院長に報告に行くと、「お母さんは大丈夫なの?」と母のことを聞かれた。松野院長によると、患者である家族の死を、医院に伝える電話をかけてきたとたんに、介護をしていた家族が疲れが一気に出て電話口で倒れるケースがあるとのことだった。
母は70代に入ると、松野医院によく行くようになった。
母は便秘がひどいので、認知症になってからは、私が母を松野医院に連れていった。
困ったのは、私が会社に行こうとすると、母は毎朝、「今日は松野先生に行く日だわ」と出かける支度をすることだった。そのため私は、松野院長に内緒で、母が聴診器で診察を受けている時に、小型カメラで素早く母の斜め後ろから、松野院長の顔が見えるように写真を撮った。松野院長は写真撮影に気づかなかった。さらに、松野医院の前に母を立たせて、写真撮影をした。
母が松野医院に行こうとすると、私はその2つの写真を見せて、「昨日、診察をしたでしょ」と言い、母にあきらめさせてから会社に行った。