弘道 あれは大変だったけど、とにかく東京に戻れるのが嬉しかった。東京では少しずつ尿意が戻ってきて、尿管を外せたときは一段ステップアップした気がしたな。ぐっと動きやすくなってリハビリにも力が入ったよ。しかも東京の病院で担当してくれた理学療法士さんが「ひろみちチルドレン」でね、そりゃ力も入る。(笑)

久美子 カッコ悪いとこ見せたくないもんね。しばらくして、歩行器を病室に入れてくれたこともよかったんじゃない?

弘道 あれは嬉しかったなぁ。自由に歩けるのが嬉しくて、朝も夜も歩いてた。病室からナースセンターまでの廊下をずっと。

久美子 看護師長さんが「佐藤さんはずっとニコニコしながら歩いてますよ」と笑ってた。「終わったかなと思ったら、今度は逆回りが始まるんです」って。

 

――鳥取と東京で計6週間の入院中、弘道さんは体中を隈なく検査されていた。脊髄梗塞の原因となった血栓がどこにできたのか、その血栓が体のどこかに飛んで悪さをしていないかを調べるためだ。しかし、何度調べても、血栓はおろか、血栓の痕跡すら見つからなかった。

弘道 検査はほんとつらくて、思い出すのも嫌だよ。食道に超音波カメラを入れて、心臓を裏側から映し出す検査までしたんだから。

久美子 そこまでしても、何も見つからなかったのよね。脊髄梗塞は治療法がないから、血栓がなければあとはリハビリだけ。それで、リハビリ専門の病院に転院することになった。

後編につづく