しかし、50歳になった今も、戸惑うことがある。つい最近のこと、街でベビーカーを押す女性が向こうからやって来たとき、直視したくない気持ちから、思わず道を曲がってしまったのだ。

「自分でもびっくりしました。まだ、こんな気持ちが残っていたなんて」

だが、今の千春さんは、そんな自分を冷静に見ることもできる。

「『あなたが今、そんな気持ちになっているのは、かつて不妊治療をしていたからだよ』と自分に言ってあげられるようになってきました。『いろいろなことがあったよね。だから今の気持ちは自然なもので、あなたはそのままでいいんだよ』と」

夫婦二人の生活は穏やかに過ぎていく。子どもがいないからといって大冒険をするわけではないけれど、夫は毎晩家で晩酌を楽しみ、その相手をしながら笑い合う時間は満ち足りたものだ。

たしかに子どもは「いれば楽しかっただろう」とは思う。教師をしていた千春さんは、多くの親子を通じて子どもを育てるつらさも、それを上回る喜びもたくさん見てきた。

その喜びを感じたくて必死に不妊治療をしたけれど、子どもは自分の人生にとって「あったら、よりいい」ものであって「絶対になくてはならないもの」ではないと今は感じている。