読書家だった家主
夫はこの家に越してから、家主の女性とは良好な関係を保っていた。
読書家で、家へ行くと、読みかけの本が何冊も積まれたテーブルを前に、ゴブラン織のソファに深く座ってタバコを吸っている彼女の姿は、波瀾万丈の人生をエレガントに封じ込めた老年のココ・シャネルみたいでかっこよかった。
比較文学研究者である夫には常に敬意を込めた態度で接し、時々お茶に呼んでは本の話なんかをしていたようだが、引越しを告げたとたん、彼女の態度は豹変したという。
家賃収入だけでやりくりしている彼女にとって、老朽化した大きな家に新たな間借り人を探すのは大変なことだし、その前に済ませておくべき修繕にかかる費用も相当な額になる。
蝶番が腐って閉まらない窓の鎧戸も、水回りの絶えない故障も、屋敷全体で修繕をしない限り解決されないというのが業者の見解だった。