夫と彼女との関係も崩壊して

夫は家主から莫大な修繕費を要求されて驚き、弁護士を介し、契約書通り、経年劣化による修繕費は間借り人に請求できないという返事をしたが、それを機に夫と彼女との関係も崩壊してしまった。

しかし、それから間もなく彼女の娘から、実はその家がすでに売りに出されていることを知らされたのだという。

母ももう95ですから、来年からは施設に入ります、ということだったが、夫曰く、家主にはそれを認識している様子はまったくなかったという。

私たちの新居の窓からは、今まで暮らした屋敷の庭にある大きなレバノン杉のてっぺんが見える。家主が「私の相棒よ」と自慢にしていた樹木だが、夫はその景色から視線を逸らすと、大きなため息をひとつついた。

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