夫と彼女との関係も崩壊して
夫は家主から莫大な修繕費を要求されて驚き、弁護士を介し、契約書通り、経年劣化による修繕費は間借り人に請求できないという返事をしたが、それを機に夫と彼女との関係も崩壊してしまった。
しかし、それから間もなく彼女の娘から、実はその家がすでに売りに出されていることを知らされたのだという。
母ももう95ですから、来年からは施設に入ります、ということだったが、夫曰く、家主にはそれを認識している様子はまったくなかったという。
私たちの新居の窓からは、今まで暮らした屋敷の庭にある大きなレバノン杉のてっぺんが見える。家主が「私の相棒よ」と自慢にしていた樹木だが、夫はその景色から視線を逸らすと、大きなため息をひとつついた。
『歩きながら考える』(著:ヤマザキマリ/中公新書ラクレ)
パンデミック下、日本に長期滞在することになった「旅する漫画家」ヤマザキマリ。思いがけなく移動の自由を奪われた日々の中で思索を重ね、様々な気づきや発見があった。「日本らしさ」とは何か? 倫理の異なる集団同士の争いを回避するためには? そして私たちは、この先行き不透明な世界をどう生きていけば良いのか? 自分の頭で考えるための知恵とユーモアがつまった1冊。たちどまったままではいられない。新たな歩みを始めよう!