かぶった帽子からおさげが飛び出した恰好で東京に行ったら、かわいいかわいい、似合う似合うとみんなからほめられ(誰も中の血のゴワゴワは見てない)、すごく気をよくして今に至る、と。
ところでジョニ・ミッチェル。
その映像ではすごいおばあさんに見えたけど、あたしと十二歳しか違わない。
一九七六年、あたしは大学生で、詩を書き始めていた。当時『ヘジラ』には「逃避行」なんていう邦題がついてて、聞き慣れないこの言葉、いろいろ調べてみたけど、よくわからなかった。あたしは若くて無知だった。でもジョニ・ミッチェルの詩が好きだというのはすぐにわかった。辞書と首っぴきで聴いた。乗り物を乗りついで移動するとか、コヨーテみたいな男に関わるとか、飛行機の窓から地上の風景を見つめるとか。そんなことを語る女の、語りみたいな歌声を聴いていたときには、やがて自分が同じような生活をして、同じようなことを詩に書くとは思わなかった。
ジョニ・ミッチェル、ジャニス・ジョプリン、それからパティ・スミスもか。
こういう女のロックミュージシャンたちの生きざまを、こう生きたい、と念じながら見てきたなあ、日本のどんな詩人たちより(富岡多恵子を除けば、である)、と思い出した。
『対談集 ららら星のかなた』(著:谷川 俊太郎、 伊藤 比呂美)
「聞きたかったこと すべて聞いて
耳をすませ 目をみはりました」
ひとりで暮らす日々のなかで見つけた、食の楽しみやからだの大切さ。
家族や友人、親しかった人々について思うこと。
詩とことばと音楽の深いつながりとは。
歳をとることの一側面として、子どもに返ること。
ゆっくりと進化する“老い”と“死”についての思い。