イチかバチか、自分を縛っているものから距離を置く

今の日本って、失敗できない社会ですよね。進学や就職、結婚もそう。離婚も失敗として扱われます。でも、就職先や結婚生活が合わなかったら、現状を変えようと踏み出す勇気を持ってもいい。つらい状況に耐える現状維持だけでは、事態は悪くなるだけ。それを僕は身をもって知りました。

だからイチかバチか、自分を縛っているものから距離を置く。もしそれによって状況が一時的に悪くなるとしても、今後よくなる可能性があるのなら、そちらに賭けてみるのもありではないかと思うんです。

僕は今、東京を離れて地方で隠居生活を送っています。大学を卒業して一般企業に就職したのですが、ゲイであることを知られ、自主退職に追い込まれてしまいました。それからしばらくは自分を偽らずに済むゲイバーで働いていたのですが、大都市で稼がなければならない理由もなくなったので、その仕事もやめ、自分の経験をマンガや文章で発表して暮らしています。

ゲイ風俗で働いていた経験を、生活のため、大学に行くための手段だったということで終わらせたくなかったから。そしてやるからには、好奇の目で見られがちなゲイ風俗の世界を単に面白おかしく描くのではなく、自分自身のことも説得力を持たせて発信したかったのです。そのためには母の話に触れることは避けられませんでした。

東京に出てから「毒親」という言葉を知り、インターネットや本を読み漁ったこともあります。でも、母を「毒親」の一言で済ませてしまうのはやめよう、という結論に達しました。父が亡くなり、さまざまな苦労をしてきた母は、「完全な加害者」というわけではなかったのかな、と。

2月13日発売のもちぎさん3冊目の本『ゲイバーのもちぎさん』もちぎ・著(講談社)

母とのことは年月を経て自分の中では消化できていると思っていたのですが、いざ世に出すとなるとトラウマを呼び起こしてしまいそうで、すごく悩みました。でも、ずっと心に溜め込み続けているのもしんどい。

僕は「セクシュアリティは人生だ」と思っているんです。「ゲイとかになる子どもって、家庭に問題があるんだろう」と誤解されがちだけど、決してそうではない。だからこそ自分の人生について発表したかった。だから批判も覚悟で、思いきってSNSに投稿したところ、想像以上の反響がありまして。その投稿がまとまって、2冊の本を出版することもできました。

実は、「もちぎ」として過去のことを振り返る表現活動は、あと1年半ぐらいで一区切りつけるつもりです。その間に母と再会して対話しようと考えています。どんな結末になろうと、それはちゃんと作品という形で、皆さんにお伝えするつもりです。

家賃の安い田舎でゆっくりモノを考えたり、やりたいことを探したりしている日々ですが、現在は執筆活動ですっかり忙しくなりました。「もちぎ」の活動が一段落したら、地方のゲイタウンでバーを始めてみようかな、という小さな野心もある今日このごろです。