映画や音楽の話も

陛下には、ヘアスタイルの提案もさせていただきました。当時の陛下の前髪は、八対二に分けて撫でつけるような髪形でしたので、ちょっと堅い印象があったからです。

そこでご公務のない夕方に伺った際、「もう少し分け目を真ん中近くにすると、お似合いかもしれません。お試しになってはいかがでしょう」と提案いたしましたら、「これもいいですね。近く開かれる同窓会で女性の意見も聞いてみましょう」と。その後伺ったとき、「分け目は真ん中に近いほうがいいと、女性たちから言われましたね」とおっしゃっていました。

10年の間には、いろいろなお話をさせていただきましたが、どのお話も陛下の好奇心溢れる、率直で真摯なお気持ちが表れているものばかりでした。

「幼い頃、学校から映画の撮影スタジオに見学に行った時に、ファンだった仲代達矢さんから声を掛けられたのがすごく嬉しかった」という思い出話や、映画のお話を聞かせていただいたこともあります。

黒澤明監督の映画がお好きで、数多くの作品をご覧になっていらしたので、私も黒澤映画が好きだと申し上げると、「大場さん、一番好きなのは何?」と訊ねてくださった。「『生きる』です」とお答えしたら、陛下はその作品はご覧になっていなかったので、DVDをお貸ししたのです。次にお目にかかった時、「いやぁ、とても感銘を受けました」とおっしゃっていました。「007」シリーズもお好きなようです。

音楽についても、クラシックはもちろん、「石川さゆりさんやサザンオールスターズもいいですね」と幅広く関心を持たれ、お聴きになっているご様子でした。

お越しいただく最後の日に、サロンの取締役である古中美どりが「殿下、御所は近くて遠いですね」とお声を掛けさせていただくと、「そうですね。走ればすぐですね」と笑顔で即答されました。そんなユーモア溢れる会話も陛下のお人柄を表していると、懐かしく思い出されます。