撮影:本社写真部
祖父の代から天皇家の御理髪掛を務めてきた大場隆吉さん。調髪を行ったあと、陛下とはさまざまな会話をし、黒澤明監督の映画『生きる』のDVDをお貸ししたこともあったそうです(構成=篠藤ゆり 撮影=本社写真部)

お疲れを隠さざるをえないお立場ゆえ

御理髪掛(ごりはつがかり)を拝命し、当時皇太子殿下であられた陛下のいらっしゃる東宮御所に初めて伺ったときのこと。緊張しながら施術をしていると、陛下は「大場さんのシャンプー、気持ちいいですね。お客様はひじょうに喜ばれるでしょう」とお声を掛けてくださいました。

かねてより頭皮への「触れ方」を研究し、編み出した「ゼログラム・タッチ」によるケアを実践している私にとって、最大の賛辞だと感じて本当に嬉しく、一瞬にして本質を見抜かれる方だと驚きました。御理髪掛を受けるにあたっては、ただカットやシャンプーをし、ヘアスタイルを整えるだけではなく、陛下のお身体に直接「触れる」からこそ、その時々のご体調を知り、ケアすることが私の役目であると、自分自身に言い聞かせてきたからです。

毎回、陛下のお身体に触れさせていただくと、肩や腰がガチガチに凝っていることが多く、硬くなったお背中を触りながら、さぞかしストレスがおありなのだろうな、と感じることもたびたびでした。

あるとき、こんなことがありました。「今日は右側が凝っていらっしゃいますね」と申し上げたら、「地方の行啓があり、沿道にたくさんの方がいらっしゃったので、動く車からずっと手を振っていたからかもしれませんね」とおっしゃったのです。

人前で「疲れた」とか「肩が凝った」などと口にすべきではないと、陛下は思っていらっしゃるのでしょう。お疲れを隠さざるをえないお立場ゆえのご苦労を間近で感じた一瞬でした。「触れる」ことを通して、心身ともに少しでもお疲れを解消してさしあげなければと、改めて身の引き締まる思いがいたしました。髪を整えるだけではない、陛下に寄り添う気持ちが通じ、心を開いてくださったのかもしれません。