スタッフを家来のように
施設長がおかしなことを言ったことがあった。
冷蔵庫に電気代の張り紙が出される前のことで、夕方、施設長が「桃の里」に立ち寄ったときだった。
「川島さん、本田さんのベッドで、一緒に寝なさいよ」と言ったのだった。
本田健二さん、中堅の建設会社の部長だった人である。
かなりな認知症で目覚めているとき始終、誰かを自分のそばに呼びつけておかなければ気がすまない人だった。子どもみたいなかん高い声で「おーい、おーい」と声をあげる。誰かが付き添うまで声をあげていた。それでみんな手を焼いていたのだった。
夜中、何時であろうと目覚めたと思ったら「おーい、おーい」と夜勤者を呼びつける。そして「メガネ、メガネ」などと言うのである。メガネを捜せというのだった。
「何時だと思っているの、夜中の2時よ」
本田健二さんは子どものような声をあげて抗議しようとするが、「アー、アー」としか言えない。小柄な体で手を振って怒るのでサルのようである。この野郎ッ、と黙って見守る。すると、「そこ、そこ」などと言いだすのである。タンスの引出しをひとつずつ開けて確認しろというのだ。横柄で命令口調でスタッフを自分の家来のように使うのである。