思わず天井を見た
その傍ら施設長は空きベッドを作らないために、次の入居者探しも進めていた。提携している病院との取引があり、本田健二さんが退居し1週間もしないうちに坂本義輝さんが入ってきた。
「お天道さまがみごとだね。こうして今日もありがたいことだね」と、宗教めいたことを言い、夏の朝の太陽を拝んでいた人である。
そのたびにアルツハイマー型認知症の平山梅子さんが、「また始まった」といやな顔をするのだった。
ああしたときの今村施設長の判断、そして交渉力には頼もしいものがあった。その今村施設長がわたしに、本田健二さんと一緒に寝たらと言ったことがあった。
あのとき思わず天井を見た。
隠しカメラがある。
施設長はわたしがホールのソファで仮眠をとるのをカメラで見ていたのでは。そしてホールの冷房をつけっぱなしにしていると思ったのではないか。本田健二さんを気遣ったのではなく、冷房の電気代を心配していたのではないか。
※本稿は、『家族は知らない真夜中の老人ホーム』(祥伝社)の一部を再編集したものです。登場する人物および施設名はすべて仮名としています。個人を特定されないよう、記述の本質を損なわない範囲で性別・職業・年齢などを改変してあります。
『家族は知らない真夜中の老人ホーム』(著:川島 徹/祥伝社)
10年間働いてきた介護の現場をそのまま書いた記録。明日は我が身か、我が親か⁈入居者のなかには「死にたい」とつぶやく女性も、元歯科医も、元社長もいた。イレズミを入れた男性は「ここは刑務所よりひどい」と断言した。老人ホーム、そこは人生最後の物語の場である。この本では、著者が夜勤者として見た介護の現場が記されている。みんなが寝静まった真夜中に、どんな物語があっただろうか