3戦目、紳士服

あるとき、紳士服の特別販売会を、店舗外の会場を借りて実施しました。

そこでKさんからの電話が入ります。「関根さん、会場にいるんだけど、俺のサイズのスーツが一着もないんだ。どうなっている、来てみてくれ」とのこと。

この後のことはだいたい予測がつきます。確認させて、そのサイズがあってもなくても「探しづらい会場のせいで無駄な時間を費やした、代償はないのか」と迫り、場合によっては現場で気に入ったものを安くしろと言うのでしょう。

現場に行くとKさんは会場内の角にいました。「特別販売の案内のはがきが届いたので来た、はがきには4Lも記載されているが、会場にはそのサイズが全くない。どうなっているのか」とのこと。

やはりそう来るかと思いましたが、慌てることなく責任者を呼んで確認しました。責任者は、確かに4Lの品ぞろえはないと言います。しかしなぜそんなはがきを出したのかとその場で責めても、それは無駄というもの。

そこに先の傘を購入した際のショップの女性店長がいて「Kさんなら4Lではなく、いつも3Lですよ」と言いました。展示場内を探し、3L2着をKさんの元に持参しました。私はその時点で引き上げました。狙いが外れたことで恥をかいてしまったKさんを見ているのは忍びなかったし、相手も勇んで私を呼びだしたのに敗北した姿を見られたくなかったでしょう。

出会いから2年経つ頃には、Kさんと店内でばったり会うと立ち話をしたり、情報交換をする仲になっていました。いきなり呼び出したり、叱責されることは減ったものの、ここで紹介したほかにも数々の「勝負」がありました。

それにしても、私に言えば、すべての売り場がなびくと思っていたのでしょうか。私としては他の者が接客で失敗するよりは楽と思い、まるで専属のように対応させていただいておりましたので、大分鍛えられました。当時「カスハラ」という言葉はありませんでしたが、まるでカスハラの親分みたいな方に育てられた私は、今でも強く生きています。さらにしつこい読みをもって。

※本稿は、『カスハラの正体-完全版 となりのクレーマー』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。


『カスハラの正体-完全版 となりのクレーマー』 (著:関根 眞一/中公新書ラクレ)

シリーズ累計30万部突破のベストセラー『となりのクレーマー』に大幅書きおろしを加え、カスハラがはびこる令和の世に問う。苦情処理のプロが、これまで実際に対応した事例を基に、相手の心理の奥底まで読んで対応する術を一挙に伝授。イチャモン、無理難題、「誠意を見せろ!」カスハラたちとの攻防が手に汗握る、でもかなり面白い「人間ドラマ」の数々。