往復の料金を支払え
2時間ほど経ち店内を巡回していると、携帯が鳴りました。男から再度電話が入ったというので、事務所に戻り対応しました。「傘交換に行ったお陰で女房と子供が見当たらない。楽しみにしていた休日が台無しだ。そのお詫びに来い」と。
そう来たか、と思いました。手元には往復の高速チケットがあるのでしょう。店で高速代を受け取るには片道ですが、自宅に呼び出せば、往復の支払いを受けられる算段なのでしょう。計算が早く狡猾だと思いました。そのためにETCを使わず、往復現金支払いをしたかと思うと気の毒ですらありました。
この件に関してはこちらの手落ちとは言い切れず、理由を付けて断ることや、または、他の期日をこちらが指定することは可能でしたが、私はこの際、ご自宅を見ておこうと考えました。通常の苦情客は、自分の生活環境を見られることで勢いが弱くなるのを自覚してか、自宅には招きたがりません。
紳士服売り場の課長も同伴し、すぐに自宅に伺いました。通された部屋にはいろいろなスポーツ選手のサインやユニフォームがありました。私はそれを、珍しがって褒めちぎります。
家族がいないことは、そこでは一言も責められませんでした。高速代を受け取るための言いわけとして使ったに過ぎないのでしょう。しばらくすると男は後ろの部屋に黙って消え、戻ってきたとき、予測通り手には2枚の高速道路の通行券がありました。
課長は慌てていましたが、私はおもむろに内ポケットから往復代金が入った、しっかりと糊付けした封筒を差し出しました。相手は封も切らずに納めました。中身を確認するほど野暮ではないと思わせたかったのでしょう。もちろんこちらは正確な計算しています。静かな「勝負の時」でした。帰路、課長は私の準備の良さに驚いていましたが、私からすれば予測できる範囲のことでした。このようにして、男との1戦目は終わりました。