一人暮らしの部屋から怒声が
一変したのは13年1月。40代の男性が103号室を購入し、一人暮らしを始めた。ほどなく部屋から怒声が漏れるようになる。管理人の部屋の窓をたたいたり、管理室前にあったバケツを蹴飛ばしたりする行為が日常的に繰り返された。他の住人への暴言もあった。
ついには刑事事件に発展する。19年、男性は管理人の胸ぐらをつかんで路上に押し倒し、ケガをさせたとして傷害容疑で逮捕された。管理人の派遣元は「人命に関わる事態」と受け止め、派遣をやめた。「男性が戻ってくれば、またおびえながら生活するしかなくなる」。憂えた住人たちは男性の部屋を競売にかける方針を決めた。
区分所有法は「共同生活上の障害が著しく、他の方法ではその障害を除去するのが困難なとき」他の区分所有者らが決議に基づいて裁判所に競売を求められると定める。長期にわたって管理費を滞納したケースなどで認められた例がある。
本人の意思を問わず追い出す最終手段だが、住人たちの決意は固かった。臨時総会で反対意見が出ることはなく、理事長は20年、東京地裁に提訴した。
訴訟のさなかの21年、男性は刑事裁判で執行猶予付きの有罪判決を言い渡された。自室での生活を再開した男性は、程なくして隣室の住人とトラブルを起こし、今度は暴行容疑で逮捕される。責任能力がないとして不起訴になり、強制入院とされたが、22年に退院すると戻ってきた。
「逮捕されても戻ってきて同じことを繰り返し、病院に入っても結局出てくる。もう他に手段はない」。管理人は不在のままで、敷地内や共有部分の清掃も十分にできない。
「ストレスも限界です。一刻も早くマンションから追放していただきますようお願い申し上げます」。理事長はため込んだ憤まんを陳述書にぶつけた。
退院後の男性に成年後見人として就いた弁護士は、訴訟の答弁書で「男性には妄想性障害がある」と説明した。弁護士自身も成年後見人だと信じてもらえず、会うことさえできていなかった。住人側もその流れに乗り「男性の問題点のおおもとは他者との対話を拒絶するところにある」と強調した。