悔いがないように
声をかけながらわたしは泣いた。
父のサ高住入所のために来たのであり、まさか母の旅立ちに立ち会うことになるとは思っておらず、まだ心の準備ができていなかったが、とにかく悔いがないように気持ちを伝えようと必死だった。
「お母さんの唇が紫色に変わってきたね。舌が落ち込んで、下顎呼吸になったわ。下顎を上下させるこの呼吸は死を前にした生理的な呼吸やの」
さすが姉は冷静なもので、母の変化を説明してくれた。
母が急変してから15分ほど、わたしたちは母に声をかけ続けた。
最後まで機能している器官は耳だと言われている。呼吸が止まってもしばらくは聞こえるらしい。
だから最後の最後まで、母が寂しくないように、話しかけようと思った。
思ったのだが……。
「あれ? なんか落ち着いてきたかも」
ようこ姉は母の容態を見ながら言った。