呼吸が安定してきて

「どういうことや?」

ひどく不安そうに、父は姉に訊いた。

「呼吸が安定してきたってこと。お母さん、このまま昏睡状態に入りそうやわ」

「それって、どれくらい続くの?」

わたしも混乱した。こっちは完全にお見送りモードで、大泣きしているのだから。

「今晩中かもしれないし、ここから1週間ほど眠り続けるかもしれへん。こればっかりはわからんのよ」

「お母さん、もう目を覚ますことはないの?」

「乳がんで脳転移して昏睡状態になった人が、意識を取り戻したというケースにはあったことがないわ。ほんま、今日お母さんを堺に連れていかんでよかった。どうなっていたことか」

「ほんまやな」

車中で急変していたら、さすがに主治医が運転している車とはいえ混乱に陥ったことだろう。

※本稿は、『母の旅立ち』( CEメディアハウス)の一部を再編集したものです。

 


『母の旅立ち』(著:尾崎英子/ CEメディアハウス)

「乳がんステージ4からの脳転移」底抜けに明るいがトラブルメーカーの母に残された時間はあと1ヶ月。京都で訪問医療のクリニックを開業している看取りのプロ医の次女による仕切りのもと、母を在宅で看取り、家族葬で送ることになる。母にいちばん迷惑をかけられながらも心優しき長女、気が強く明晰な次女、行動派の三女、四女の「わたし」、そしてほぼ戦力外の父が一致団結する。喧嘩したり、泣いたり、笑ったりした、「その日」を迎えるまでの20日間を描く実話