ヒリヒリするような殺気と緊張感

母がこの世を去った後、「希林さんの言葉をまとめた本を出したい」というお話を多くの出版社からいただいて。何冊も刊行されたなかで私がとくに好きなのが、『心底惚れた』という1冊です。

この本は1976年に『婦人公論』で1年間連載された「異性懇談」をまとめたもの。まだ悠木千帆と名乗っていた32~33歳頃の母が当時活躍していた男性著名人たちと対談する連載でした。

ほかの本が、晩年の母の言葉を集めたものだったのに対し、この本には、まだ30代の、生きることに必死で、対談相手に鋭いナイフのように切り込んでいく母の姿がありありと残されています。娘としては「お相手が嫌がっているから、もうやめて~」と、思わず叫びたくなるほど(笑)。でもこれこそが、幼い頃から私が知っている母の姿なんですよね。

『人生、上出来 増補版 心底惚れた』(著:樹木希林/中央公論新社)

巻末に解説を書いてくださった武田砂鉄さんの文章も素敵です。「世の中の端切れまで鋭く眼差しを向け続けた、実に攻撃的な人」「あの穏やかな表情を顕微鏡でのぞいたら、とっても鋭利な感情で構築されていたんじゃないか」「誰とも群れることなく、個として生き、淡々と死んでゆく。人と、異性と、対話を重ねるなかでも、私という個人の輪郭を守り、あくまでも自分という存在を自分で嗜んでやろうと企むことを決心した」。

母の生きざまを正確に掬い上げてくださったこの文章に、救われるような思いがしました。母は連載中、芸能界で「アレとは対談するな」と言われていたようですが(笑)、そんな姿勢も、なんだか肯定されるような気がしたのです。