母の遺骨をポケットに入れて

今回、『人生、上出来』と題を変えたこの本には、新たに「四十年後の結婚観」という母のインタビューが収録されました。これを読んで、改めて両親のことを思い出すのもまた、感慨深いものがあります。

私が思春期だった頃、母がなぜ父と結婚生活を続けているのか、まったく理解できなくて。父は家にいないどころか、母が一生懸命稼いだお金を根こそぎ持っていってしまうし、私とも親子らしい時間をまったく過ごしてくれない。そんな人を内田家の大黒柱として君臨させている理由がわからずに、「なぜ夫婦を続けるの? 別れてほしい」と、母に訴えたんですね。

そうしたら、「私が生きていくには、あの人のような重しが必要なの」と。インタビューでも語っていますが、母にとって父との結婚生活は人生修行。「ダイバダッタという、どうにもままならない弟子がいなければ、お釈迦様は悟りを開けなかったように、私にとって内田はダイバダッタなんだ」と言っています。次々と無理難題をふっかけてくる内田がいるおかげで、人間として、次のステージに進めるということだったのでしょう。

2016年に撮影された家族写真。左から時計回りに希林さん、UTAさん、也哉子さん、本木さん、伽羅さん、裕也さん、玄兎さん(提供:希林館)

とはいえ、たまに顔を合わせれば大げんかを繰り返していた両親も、自分たちの体が弱ってくるにつれ、お互いを慈しみ合うようになりました。「腕を組んで、一緒に温泉に行ったのよ」なんていう話を後から聞いて、ビックリしたことも。

母が亡くなったとき、父は本当にしょんぼりしちゃって。母の亡骸(なきがら)と対面したとき私に向かって、「なあ、啓子(希林さんの本名)、きれいだよなぁ」と言うんです。

さらに、火葬場で荼毘に付した母のお骨を家族で拾い、骨壺の蓋を閉じようとしたときのこと。車椅子に座っていた父が「ちょっと、待て!」と、いきなり立ち上がったんですよ。「また何かとんでもないことを言うに違いない!」と、私は真っ青になったんですが、父はそのまま黙って手を伸ばし、骨壺のお骨をひとつ摘んで。咄嗟に、夫がハンカチを出してお骨を包んで渡したら、「ありがとう」と言って、自分のポケットに入れて帰りました。あれは、父の心の底から湧き起こった、母への純粋な愛情表現にほかなりません。