峠茶屋では、スタッフが見守りながら自然の中の散歩も楽しむ(撮影:寺澤太郎)

もう一つ江森さんが大事にしたのは、相手への敬意を忘れないこと。すみかでは、施設で出す料理の準備を入居者にも手伝ってもらっているのだとか。「もともと働き者で、仕事がないと生活に飽きがきてしまう皆さんですから、手仕事をすると生き生きしてくるの。山菜や野草の下ごしらえなんて、見事なものですよ」と、江森さんは嬉しそうに笑う。

そうした経験をもとに、笑いあり涙ありの人形劇を創作し、認知症を正しく理解してもらう出前講座も各地で300回以上開催。地元紙でコラムの執筆も始めるなど、活動の幅も広がった。

そんな江森さんに転機がやってきたのが、71歳の時。突然、強いめまいに襲われた。脳腫瘍だった。10時間に及ぶ手術は無事成功し、幸い後遺症も残らなかったが、心には大きな変化があったという。

「私が長く看護の仕事をしてきてよかったと思うのが、人を生物学的に見て『いつか必ず死ぬ』と客観的にわかっていたこと。実際に自分が病に倒れ、『いつ死ぬかわからない』という覚悟もできた。

ですから私、高齢者の前でも平気で『今晩寝たら、もう目が覚めないかもしれないよ。だから今日を楽しく生きないとね』なんて話ができる。言われたほうも、『ああ、そうだいね』と納得してくれます(笑)。毎日、笑いの中で『死への準備教育』をしているんです」

自分が死と向き合った経験から、「看取り」ができる場所を作りたいという思いも湧いてきた。そして闘病から2年後の14年、デイサービスの移転に伴い、自宅前の土地に住宅型有料老人ホーム「にしきの丘」を開所。

同じ敷地内に、デイサービスと訪問看護ステーション、ヘルパーステーションも併設した。自宅近くに施設を集約したことで、利用者や入居者とのコミュニケーションもより密に。

見学させてもらったにしきの丘では、江森さんと100歳の女性が手を取り合い、しみじみと言葉を交わす姿が心に残った。

近年は、少子高齢化と過疎化が進む地域の高齢者のケアを続けていくために、後継者へ事業の権利を承継することも進めている。江森さんが務めていたNPOの事務理事職と夫・元春さんの理事長職は、峠茶屋のメンバーが受け継いでくれたという。

「ありがたいことです。介護保険制度が変わり、峠茶屋のような小規模の介護事業所はどんどん経営が厳しくなっているので。新理事長を始め、皆さん本当にがんばってくれていますよ」