誰に頼まれるわけでもなく、テーブルをきれいに拭くみねこさん。できる人ができることをしながら支え合う(撮影:藤澤靖子)

しかし移動の支度をしながら、元春さんが「僕は操り人形のピエロなんですよ」とぽつり。木村さんが「えー、昨日はけさ子さんに感謝してるとおっしゃっていたじゃないですか」と返すと、「感謝はしつつ、でも踊らされてる」。そんなつぶやきにも、元春さんの不安ややるせなさが感じられた。

会場の食堂には、三々五々、入居者の皆さんが集まってくる。83歳のきよ子さんは、お茶の時間に合わせて服を着替えるおしゃれさん。「ここでの生活はとても楽しいわよ」と、笑顔で教えてくれる。

89歳のみねこさんは、スタッフを手伝って除菌スプレーと布巾でテーブルを拭いて回る働き者だ。皆のお茶の準備まで率先して行う。

そして入居者9人の観客を迎え、元春さんのステージが始まった。唱歌の「お正月」や「早春賦」の懐かしいメロディが流れると、皆さん手でリズムを取る。先ほど声をかけた時は会話がおぼつかなかった人も、きれいな声で一緒に歌っている。「ふるさと」では涙を流す人もいた。

元春さんは、リクエストされた「里の秋」をとっさに思い出せなかったのか「北国の春」を吹き始めるなど、おやっと思うところもある。

しかし会場の皆さんは、気にすることなく笑顔で拍手。その優しく温かな雰囲気が、とてもいいなあと私は思った。加齢も認知症もお互いさま、皆で今を楽しもうよ、という和やかなつながり。

緊急の仕事を終えて戻って来た江森さんに私のつたない感想を伝えると、「そうなの! だから私、次は初期の認知症の人が集える場所を作りたいと思って。介護保険とか関係なく、のんびり過ごしてもらったり、上手に生活できる知恵を伝え合ったり。いいと思いません?」

と、きらきらした目で語り始める。落ち込んだ時は、新しい目標を考える。

「年齢なりに衰えてできないこともあるけれど、万が一できなくても気にしない(笑)。それが人間の自然の姿だと納得しているから。地域の皆さんと支え合って生きてきた今、老いも認知症も障害も、きっと乗り越えられると思っています」と語る江森さんの笑顔は、これからも多くの人に生きる力と勇気を与えていくだろう。