締切のひとつはローカル紙の連載だった。この連載では、文章の脇に自分の撮った山の植物や空の雲や夜の星といった写真を使う。日々ねこちゃんに送っていたのと同じような写真だ。

いつも書いてる連載なのに、なんだかぜんぜん書き出せなくて、締切をだいぶ過ぎて「時代劇」の話でお茶を濁した。国際線の行きと帰りに『侍タイムスリッパー』を見てすっかりハマったという安易な理由で。文章につける写真は、アセビの花にした。

熊本に帰った翌日、山に行って、森の中の堅かったアセビが満開になってるのを確認したのだった。三月の半ばすぎだ。真珠色のつぼ型の花が、鈴なりになって垂れさがり、きらきらひかり、お姫さまのかんざしにしたいくらいだった。ああ見せたいな、撮って送りたいなと思ったのだった。

いきなりいなくなったわけじゃない。ここ二年くらい、ねこちゃんは自分の病気のことでいっぱいいっぱいだったから、あたしの話を聞く余裕がなかった。いやな目に遭ったとき、ねこちゃんに話せば、きっとあたしのために怒ってくれるだろうとわかっていたが、病人を煩わすのも気が重くて何も話し出せなかった。二年の間、あたしたちの話すテーマは、よく知ってる食べ物や、猫や、木や花や星の話だった。

夫も死ぬ前はそうだった。ねこちゃんよりずっと身近で介護していたけど、まるでそばにいなかったような気がする。