天然酵母のパン工房などのショップには外部からもお客さんがやって来る

望んでいた居場所

近山さんのコミュニティ作りのきっかけをうかがってみた。

「この仕事をするようになったきっかけは、母の介護でした。うちは母子家庭、母は元看護師。私は国立東京第二病院(現・独立行政法人国立病院機構 東京医療センター)で臨床検査技師として働いていましたが、ある日、母が脳梗塞で倒れたんです。

在宅介護を選んだものの、2年で親子共倒れの危機に陥った。そこで、30代の頃に社会問題の勉強会『あっ、わかったの会』に参加して以来、人生の師として慕っていた女性解放運動家の小西綾さんと女性学研究者の駒尺喜美(こましゃくきみ)さんに相談したんです。

その頃、お二人とも介護が必要なご家族がいらして、いっそ3家族で一緒に助け合って暮らしてみようか、と。お二人の住む大阪に、私たち親子は移住することにしました」

そして、全国のコーポラティブハウス(住民主体で建築する集合住宅)を調べているうちに、名古屋の「シニアハウス大松」という助け合い型の共同住宅に出合う。