『ラストレター』著:岩井俊二

 

映画とはひと味ちがう物語の魅力

心に眠っている懐かしさを、清冽な映像で呼び覚ます映画で人気の岩井俊二監督は、すぐれた物語作家でもある。『ラヴレター』『スワロウテイル』のように映画と同名の小説もあるが、『ウォーレスの人魚』のようなオリジナル小説もある。

「君にまだずっと恋してるって言ったら信じますか?」――。1月に公開された同名の監督映画の原作である本書は、高校時代に恋に落ちた女性を忘れられない中年の小説家、鏡史郎(きょうしろう)が主人公。出した本は、24年前に悲しい別れをした彼女にあてた小説『未咲』の1冊きり。思い出に閉じ込められたままの作家が、同窓会で、未咲の代わりに出席した妹の裕里(ゆうり)と再会することから物語が始まる。

映画では、ひょんなことから姉の未咲のふりをして初恋相手、鏡史郎(福山雅治)と文通を始める裕里(松たか子)、そして偶然、鏡史郎からの手紙を読んでしまう、若い時の未咲にそっくりなその娘、鮎美(広瀬すず)らの人生が交錯し、それぞれが新しい人生を歩み出すまでがじっくりと描かれる。

映画公開で売れ行きが伸び、13万部を突破した原作(文庫版)は、「君」と呼ぶ未咲に宛てた最後の手紙(ラストレター)という形式でつづられた小説。語り手の「僕」の内面の懊悩がより陰影深く描かれる。

手紙には、LINEのような反応がないが、手から手に伝わる文字のぬくもりは、人々の深い思いを呼び覚ます。止まったままだった「僕」の時間が、裕里、鮎美らとの交流で動き出し、奇跡のような出会いが生まれるラストは、読む者の心も揺さぶる。

青春も人生も一度だけ。一瞬一瞬の躍動があるが、過ぎた日は帰らない。その哀切で壊れやすいものをやさしく抱きとめる岩井美学が、ここにはある。

『ラストレター』
著◎岩井俊二
文春文庫 620円