皮膚感覚に訴えてくるリアルさ

しかし今回、本作を見て私は釘付けになった。世界に現実の戦争が蔓延している今だから、と、このコラムのためにいくつかの戦争作品を見たが、とにかくダントツ。舞台となるポーランドはウクライナと隣接していることもあり、大変なリアリティで私の心に迫ってきた。

ホロコーストものは随分見た。電車で多くの人が収容所に送りこまれるシーンも、山ほど見たと言っていい。けれど、「あまりに残虐すぎて遠い世界のこと」のようだった。

しかし、本作での「ユダヤ人差別」「虐殺」は、とことんリアルで皮膚感覚に訴えてくる。普通の生活をしていたピアニストがたまたまユダヤ系だった故、段階的に進んでいく差別をうけた過程を丁寧に追っているからだろう。

最初の主人公のルックスや生活は、いかにも裕福な家庭に生まれ育った芸術家そのもの。既に有名で、多くの人々から尊敬の眼差しを向けられ、まだ淡い恋だが友人の妹ドロタには真剣な好意を向けられている。しかし戦況が悪くなるにつれ仕事を失い、ドロタと町で鉢合わせても、カフェやレストランにも入れない。「じゃあ、公園か、道端のベンチは?」と訪ねるドロタに彼は答える。「公園は入れないし、ベンチも座ってはいけないんだ。僕はユダヤ人だから」。

歩道ではなく車道との境目を歩くようドイツ兵に小突かれ、道端に倒れる老人。ユダヤ人はユダヤ教の象徴である六芒星の腕章をつけるように求められ、所持する現金も上限を設けられる。じわじわと人間としての誇りを奪われていく様が、実にリアルにこの映画では描かれるのだ。