桜木 まあ、それは最近の話で。商売人の家に育ったので、子どもの頃から結婚して家を出るまでは、私は半ば従業員みたいな存在。「長女だから家業を継いで、将来は親の面倒を見る」と、自分でも思っていましたし。24歳で結婚し、27歳で息子を産んだ後も、まだどこかで頼りにされていた気がします。

安藤 お父さまは、娘を自分の《所有物》だと思っていらした。それが現在のような関係になったのは、何かきっかけがあったのでしょうか?

桜木 結婚後も、実家の両親には《いい娘》、夫の両親には《いい嫁》であろうとする生活を10年間くらい続けていたら、なんだか疲れちゃったんですよ。双方の親が、私にはどれだけ頼ってもいいという雰囲気になってきて。私、このまま親に仕えて人生終わりかもって思っちゃった。

思い立って、30代半ばから小説を書き始めました。フィクションで問いたいことがいっぱいあったんです。そこで、毎週交互に訪ねていた両家の実家でしたが、とりあえず通うのをやめてみました。勝手なヤツです。

安藤 自分がやりたいことを優先したおかげで、距離を置くことができたんですね。

桜木 そのせいで、長男である夫のメンツが立たなくなっちゃいました。今でも悪いことをしたなと思っています。父も母も、思い通りにならなくなった私を受け入れるまでには葛藤があったようです。

でも、48歳のときに直木賞をいただいたことが転機になりました。父はもともと理髪師だったので、私をプロの《技術者》として認めてくれたみたい。たぶんあのあたりから、「娘」から「友だち」の棚に置き換えてくれたんだと思います。

安藤 友だち! 自分の親と対等な関係になれるってすごい。