写真を撮られる際(睡眠中ではなく)はなるべく口角を上げることを心がけている。ただ、小説本を出版したときは迷った。はたしてニコニコ笑ったほうがいいかどうか。ニコニコ顔とニコニコしない顔と、どちらが小説本の売り上げに効果的であろう。
たいがい小説家はカメラの前でニコニコしない。作品の雰囲気を壊さないためにも、やや物憂げな、あるいは思索に耽っているような表情を浮かべる方が多いように思う。憧れた。別にミステリアスな小説を書いた自覚はなかったが、私もたまには小説家らしいアンニュイな表情で写真に納まるのもいいかと思ったのである。
が、結果は芳しくなかった。世にも不気味な顔になった。
ずっと昔、川島なお美さんと対談した折に、「美しく撮ってもらうためのコツってありますか?」
写真撮影のときにそう伺った。川島さんはすかさず前方を指さしてこうおっしゃった。
「あのカメラの向こうに、愛する人がいると思って見つめてみて」
言われるがまま、私はカメラの向こう側に愛する人がいると想像し、じっとカメラの奥を、それこそアンニュイな気持で見つめてみた。しばらく見つめた。すると周辺で待機していた私の対談担当編集者氏が呟いた。
「アガワさんは、やめたほうがいいと思います」
出来上がった写真を見て、私も担当者氏に同意した。
私には口角を下げた表情が似合わない。というか、ごく普通の顔をしているつもりでも口角が下がる。この顔を他人様に見られないために頬の筋肉を鍛えるか。それともいっそニコニコするのをやめて、口角の下がった顔に慣れてもらうか。老後の指針が定まらない。
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