着物で腹式呼吸、さらに密息へ
また、意識的に腹式呼吸の時間をとることなく、自然に腹式呼吸ができる方法もあります。それは着物を着ることです。
着物を着る時は、腰紐を腰骨の位置で結びます。これにより下腹が固定され、そこに意識が集中すると、腹で呼吸をするようになるのです。
さらに驚くべきことに、このとき実践している呼吸法は、日本古来の呼吸法のひとつである「密息」という、腹式呼吸をも超えた、より深い呼吸法なのです。
腹式呼吸は、息を吸うと、お腹が膨れ、吐くとお腹がへこみます。しかし着物を着てこの呼吸を続けると、帯(紐)の位置が上下に動き、着くずれをおこしてしまうため着物を着ている時には、帯(紐)の位置を動かさないように、私たちは無意識のうちに骨盤を少し後ろに倒し、お腹をふくらませた状態を保とうとします。
骨盤が後ろに倒れているので、下腹部にスペースができているため、たくさんの息を吸いこみ、そして吐くことができるのです(腹式呼吸でも呼吸の度に骨盤を倒せばたくさんの息を吸い込むことができますが、大きな動きを要するので深呼吸として用いることはできても、自然な動きとしては無理があります)。
「密息」の優れた点は、安定性にあります。横隔膜を中心に深層筋をグーっと引っ張り上げるため、安定して深い呼吸ができるのです。
この密息について、尺八奏者の中村明一氏は自身の著書『密息で身体が変わる』(新潮社)の中で、尺八演奏を極めるために、バークレー音楽院にまで進み、また呼吸法も勉強するも、どうしても過去の尺八奏者のようには息が長く続かないという悩みを記していました。そしてその問題点の答えとして、「着物を着ること」にたどり着いています。
昔の日本人は着物を着ていて、密息が身についていたので、長い息を安定して続けることが自然にできていたのです。そのため演奏術としてわざわざ伝える必要がなかったのでしょう。