「誰かを愛するには、相手のことも自分のことも愛せる適度な《距離》が必要なんだとつくづく感じた出来事だった」(奈美さん)

奈美 あわてて神戸に帰ったら、ママは重度の感染性心内膜炎ですぐに手術しないとほぼ100%死ぬと宣告されるし、家の中は、同居しているおばあちゃんの認知症が進んでえらいことになってるし、「もうあかんわ」と。(笑)

ひろ実 おばあちゃんのことを隠すつもりはなかったけど、東京で忙しくしてる奈美に心配かけたくなかったのは事実。一人娘の自分が親の面倒を見るのは当然だと思ってたしね。この「私さえ犠牲になればいい」という考え方が、この後もずっと自分を苦しめることになるんだけど。

奈美 ママの入院中、おばあちゃんは、どれだけ言ってもお風呂に入らず、冷蔵庫内の食材を鍋にぶちこんでドロドロの煮物を作ったり、ドラム式洗濯機の扉を無理やりこじ開けたりと、とにかくめちゃくちゃで。一番困ったのは、私と良太を子ども扱いして口うるさく叱ること。

ひろ実 心ない言葉をぶつけられた良太が、ドアを力任せに閉めてガラスを割ってしまったことがあったよね。ダウン症で知的障害のある良太は、うまく言い返せずにつらかったと思う。

奈美 優しくて人を傷つけることの嫌いな良太がガラスを割るなんて、よっぽどのこと。背中を丸めてガラスを拾う姿を見て、これはもう二人を離すしかないと思った。おばあちゃんのことは好きやけど、一緒にいたら、どんどん嫌いになってしまう。誰かを愛するには、相手のことも自分のことも愛せる適度な「距離」が必要なんだとつくづく感じた出来事だった。

ひろ実 その話を聞いたとき、このままでは家族の中で血が流れるとゾッとしたのを覚えてる。そこから奈美は、私が入院中の2ヵ月、持ち前の瞬発力と行動力で手続きを進めてくれたよね。

奈美 ママには「事後報告するから、よろしく!」とだけ言って(笑)。良太もそろそろ自立を考える時期やし、この機会に一人ひとりの居場所を整えて、心でつながる家族になろうと。「よし、戦略的一家離散や!」と勢いよく動き出したものの、現実はめちゃくちゃ厳しかった。