地下鉄入口すぐの住宅街でヒグマに襲われる

4人の被害者のうち、とりわけ重傷を負ったのが、生まれも育ちも東区で、同区の干物製造販売会社に勤務する安藤さんだった。安藤さんの仕事は、市内各所のスーパーで魚の一夜干しを展示即売する営業職。

その日、自宅アパートから車で10分ほどの会社へは出勤せず、徒歩で地下鉄東豊線・新道東駅の入口に向かっていた。札幌を東西に走る、地下鉄東西線新さっぽろ駅上のスーパーで7日間、干物販売を行う仕事があるためで、ちょうどその3日目の出勤途中の出来事だった。

そのスーパーに午前8時頃到着するため、午前7時に自宅を出て、住宅と住宅の間の中道をゆっくり歩いている途中。ふと左側に目をやると、1丁西側の向こうに走る幹線道路沿いにある大型ショッピングセンター付近にパトカーが止まっているのが見え、何か騒がしい。「事件かもしれないな。仕事から帰ってきてニュースを見れば分かるだろう」と思いながら、その角を曲がればすぐそこに地下鉄駅の入口、という地点にさしかかった。

するといきなり「どんっ!」と、ものすごい力の「何か」によって背中に一撃を食らわされ、無防備だった安藤さんはうつぶせに押し倒され、とっさに両手・両ひざをついた。

左手前の角が安藤さんが襲われた現場。突きあたりが救急搬送された病院。道の右、植え込み先の建物は地下鉄・新道東駅の入口(写真:『ドキュメント クマから逃げのびた人々』より)

瞬間的に「車にぶつけられたか」と頭をよぎったが、しかしその「何か」は固い金属のようなものではない。むしろやわらかさを感じた。間髪入れずに、斜めにかけていたショルダーバッグの肩紐で吊られるように体を持ち上げられ、まるで人形のように左右に揺さぶられながら、引きずられた。ほんの数秒の出来事で、パニック状態で声も出ない。実はこのとき、最初の一撃で安藤さんの右肋骨は6本折れ、肺にもダメージを受けていた。