一国な気性で困ったことがあった

この材木町の宿屋を出ましてから末次に移りまして、私が参りまして間のないことでございました。

ヘルン(ハーン)の一国※な気性で困ったことがございました。隣家へ越して来た人が訪ねて参りました。その人は、ヘルン(ハーン)が材木町の宿屋にいた頃、やはりその宿にいた人で、隣り同志になった挨拶かたがた「キュルク(コルク)抜き」を借りに見えたのでした。

『小泉八雲のこわい話・思い出の記』(著:小泉八雲、小泉セツ(節子)/興陽館)

挨拶がすんでから、ヘルン(ハーン)は「あなたは材木町の宿屋にいたと申しましたね」といいますと、その人は「はい」と答えました。ヘルン(ハーン)はまた「それでは、あの宿屋の主人のお友達ですか」と申しましたら、その人はまた何心なく「はい、友達です」と答えますと、ヘルン(ハーン)は「あの珍らしい不人情者の友達、私は好みません。さようなら、さようなら」と申しまして、奥に入ってしまいます。

その人は何のことやら少しもわからず、困っていましたので、私が間へ入って何とかいいわけいたしましたが、そのときは随分困りました。

※興陽館編集部注
一国=頑固で自分を曲げないこと。