屋敷の庭を大層気に入った
北堀の屋敷に移りましてからは、湖のよい眺望はありませんでしたが、市街の騒々しいのを離れ、門の前には川が流れて、その向こう岸の森の間から、お城の天主閣の頂上が少し見えます。屋敷は前と違い、士族屋敷ですから上品で、玄関から部屋部屋の具合がよくできていました。
山を背にして、庭があります。この庭が大層気に入りまして、浴衣で庭下駄で散歩して、喜んでいました。
山で鳴く山鳩や、日暮れ方にのそりのそりと出てくる蟇(ひきがえる)がよいお友達でした。テテポッポ、カカポッポと山鳩が鳴くと松江では申します。その山鳩が鳴くと、大喜びで私を呼んで「あの声聞きますか。面白いですね」。自分でも、テテポッポ、カカポッポと真似して、これでよいかなどと申しました。
蓮池がありまして、そこへ蛇がよく出ました。「蛇は、こちらに悪意がなければ決して悪いことはしない」と申しまして、自分のお膳の物を分けて「あの蛙取らぬため、これをご馳走します」などといってやりました。
「西印度にいますとき(※)、勉強しているとよく蛇が出て、右の手から左の手のほうに肩を通って行くのです。それでも知らぬふうをして勉強しているのです。少しも害をいたしませんでした。悪い物ではない」といっていました。
※小泉八雲は、来日前の明治20年から22年の間に、二度西インド諸島を訪れている。
※本稿は、『小泉八雲のこわい話・思い出の記』(興陽館)の一部を再編集したものです。
『小泉八雲のこわい話・思い出の記』(著:小泉八雲、小泉セツ(節子)/興陽館)
NHK連続テレビ小説『ばけばけ』で話題!
小泉セツと八雲がつくった18のこわい話。
セツによる怪談執筆の裏話を書いた『思い出の記』も収録。