夏は毎年父と喧嘩をしていた

ホームに入居してから、めっきり親子喧嘩が少なくなっていたのに、父は昔と同じように私に言い返してくる。

「俺は暑くないけど。おまえは、よく暑い、暑いって言うよな。更年期なのか?」

暑い中、トイレットペーパーや父の好きな牛乳やお菓子を両手に持ってきた私は、汗がなかなか引かず、笑って受け流せなかった。

「更年期はずっと前に終わりました! 外も中も、今日は本当に気温がとても高いんだからね。パパは気温に対して鈍感になったんじゃないの? 部屋が冷えるまで、一旦、風量を大にするからね!」

数分経って私の汗が引き始めた頃、父はボソッと言った。

「寒いな。熱いお茶を入れてくれないか」

私はもう少し涼んでいたい。ポットのお湯が沸くまでの間、エアコンの風が直接当たるところに立って、頭を冷やして考えた。熱中症で亡くなったお年寄りが「エアコンをつけていなかった」というニュースが、今夏は非常に多かった。痛ましさに胸がふさがれる思いだ。

亡くなった方がエアコンをつけない理由は、電気代を倹約するためなのか、暑さを我慢で乗り切ろうとなさっていたのか。考えるうちに、2年前に老人ホームに入居するまでの父の様子を思い出した。

私は父の家に通って世話をしていたが、気温が高くなっても薄手の洋服を着てくれない父に手を焼いていた。寒がりで、真夏日でもヒートテックを着ると言い張る父を、エアリズムの肌着に変えさせるだけで一苦労したものだった。

朦朧としていたり嘔吐したりの脱水症状が出た父を、病院に連れて行って点滴をしてもらったこともある。それでも父は食事の時以外なかなか水分を摂ってくれず、夏になると心配ばかりしていた。

でも、父が本当に暑さを感じていない可能性もあるのでは? 急に気になって、父の腕に触れてみた。なんと、すごく冷たい。驚いた私は、「ちょっと触るよ」と言って、父の額を触ったり、ズボンの裾をめくって脛を触ってみたりした。どの部位もひんやりしている。

温度計を見ると24.7度に下がっていた。私はエアコンを切り、父の肘から先を摩りながら謝った。

「ごめんね。本当に寒かったんだね」

父は私の言葉を受け流し、テレビに目をやったまま「そろそろお湯が沸いたんじゃないか?」とだけ言った。

温かいほうじ茶を飲む父の隣に座り、私は額の汗をハンカチで拭う。このまま父の居室のエアコンをオフにしていたら、あっと言う間に30度近くなるはずだ。私は父が寒がらない温度を考えてエアコンを26度、風量を最小に設定し、父の体に風がかからない向きにしてから、ホームを後にした。