重松 活字離れと言われますが、SNSなどで、文字に接する機会は昔よりもずっと増えています。

伊藤 文芸評論家で愛知淑徳大学の清水良典さん(創造表現学部教授)は、ツイッターやラインなどの文字ばかり見る今の状況をむしろ“活字まみれ”と言っています。ただし、そこでやりとりされるのは極めて短い文章ばかりです。

重松 瞬間の反応に近いですよね。

伊藤 脊髄反射的な。そうした活字の体験で、背表紙のある厚さのものをきちんと読めるかどうか。

重松 言葉や内容を吟味しながら、じっくり読むことが問われています。伊藤さんは『奇跡の教室』というご著書で、神戸の灘中学・高校の教師、橋本武さんの国語の授業を追ったノンフィクションをお書きになっています。その授業というのが、薄い文庫本の『銀の匙』(中勘助著)1冊だけをじっくり読む「スロウ・リーディング」なんですね。

伊藤 中学校の3年間で、教科書はその1冊だけ。それを丁寧に読み解き、理解を深めていくんです。それにより、読む力、学ぶ力が着実についてくることを、橋本先生は証明しています。

重松 ご著書のなかに「国語はすべての勉強の背骨だ」という言葉がありました。数学の文章題を読むにも、国語の力は必要です。

伊藤 文章が理解できないために、問題が解けない生徒も多いと聞きました。ところが、2020年から変わる高校国語の学習指導要領では、「スロウ・リーディング」とは反対に、短い時間にできるだけ多くの情報を取り入れて、必要なところだけをつまむ、情報処理能力を高めようとしているのです。

重松 速読というのか、速く読むことをよしとする傾向もあります。

伊藤 そもそも、速読とゆっくり読むこととは対比されるものではないのです。ある本をゆっくり読む練習をすることにより、結果的に速く読めるようにもなるわけで。はじめから速読の人が得るのが表層的な情報だとすれば、じっくり、ゆっくり読む訓練を重ねてきた人は、どこが大事で、どこが大事でないかがわかるようになり、速く読んでも重要なことを取り逃がさないのです。芦田さんは15歳?

芦田 はい。4月から高校生です。

伊藤 その齢で、とてもたくさんの本を読んでいますよね。読むのも速いのでは。それは、子どもの頃から本に接してきたなかで、ゆっくり読んだり、同じものを繰り返し読んだりした経験の積み重ねがあるからだと思います。

〈後編につづく