――あんたの部屋じゃないだろ。そう内心毒づきながらも、取材にいくといってしまった手前、席に戻るわけにもいかず、ハルはとぼとぼと階段を下る。夕闇にネオンが灯りはじめた初音町からの帰り道を歩きだしてすぐに、玉蘭が後ろから駆けてきた。

「女学校いいじゃない。わたしだって、また通えるなら通いたいくらいよ」

「じゃあ、あの横暴な小姐(おじょうさま)にそういってくれたらいいでしょ!」

「無理よ。わたし、まだ記者としては駆け出しだし、だいたい小姐がいいだしたらきかないのはわかってるでしょ」

 ハルは小さくためいきをついた。玉蘭がいうとおり、百合川はいいだしたことを引っこめた試しがない。それに、あのつぶらな瞳(そこには常に獲物を逃さないような猛禽類のような光が宿っている)で見据えられると、百戦錬磨のはずのハルでも、ふしぎとなにもいえなくなってしまうのだ。

 大正(たいしょう)町の家が近づいて、大通りを走る車が途切れるのを待っていると、恩寵高女の制服を着た少女たちがふたり、軽やかに街灯の下を台中神社のほうに向かって駆けていった。

夕闇のなかで、背の高いおかっぱの少女がお下げ髪の少女の手を引く様子に、ハルは、遠い昔、広島ですごした女学校時代を思いだした。家から通学することもできたのに、妹ばかりを可愛がる母から逃げるように寮に入り、お盆と正月のほかにはほとんど家に帰らなかった。徐々に自分自身の体が女性になっていく違和感にあらがうように薙刀に打ちこみ、勉強にも没頭した。

――懐かしいなあ。

そうつぶやいてはっとした。孤独と葛藤しかなかったような女学生時代を懐かしむなんて。ハルの内心の揺らぎを知ってか知らずか玉蘭が誘うようにいった。

「ねえ、明日、女学校の制服を見にいかない? もしかしたらハルは既制服(プレタポルテ)じゃ無理かもしれないけど……」