初登校の朝、『黒猫』挿絵画家の呉波子(ご・なみこ)が百合川からハルの保護者役をおおせつかったとのことで、大正町の家まで迎えにきてくれた。たしかにいま三十代前半の波子なら、保護者としてちょうどいい年齢だろう。
化け込み記者としての活動期間はほぼ二ヶ月。学校の年末休みにあわせて女学生ハルはまた別の学校へ転校していくという筋書きであると、波子が教えてくれた。
波子に案内されるままに校門をくぐって校舎に入る。廊下の窓からは背の高い椰子の木の向こうにチャペルの尖塔が見える。教室の前には、白いワンピースを着た若い女性が立っていた。小柄で童顔なので年齢はよくわからなかったが、二十代半ばくらいにハルには思えた。
「青山(あおやま)ハルさんね。わたしが担任の櫻井初子(さくらい・はつこ)です。蔡家のお嬢さまからお話はうかがっておりますが、はじめての外地なんですって? 心細いでしょう、わたし、もともとはこの学校の一期生ですから、わからないことはなんでもきいてくださいね」
ハルは、ええ、と話を合わせる。百合川は適当な偽名を考えるといっていたが、どうやらこの学校ではハルは「青山」という姓のようだ。ハルをじっとみつめて、かすかに目の端に涙すら浮かべている櫻井の様子に、いったい、百合川が自分についてなにを話したのか気になった。
